「定価+手数料」と「積むこと」について

今年もこの季節がやって来たのになかなか実感がわかずにいたが、先日放送されたTHE MUSIC DAYを見て2016年夏が明けたことを実感することができた。ジャニオタになって1年の内に年が何度も明けるようになったのはジャニオタあるあるであろう。恒例の挨拶しときましょうか。皆さん、2016年夏明けました、おめでとうございます!幸多き2016年夏となりますように!

さて、2016年夏以前に、この時期はジャニーズ事務所所属タレント達の現場が目白押しである。TLに流れてくる【拡散希望】や#譲、#求タグの数々。皆、応援しているタレントに会いたいと必死だ。しかしここで毎回議論となるのは、積む勢VS定価+手数料勢である。まず、知らない人はいないであろうが一応ジャニーズにおける「積む」とはどういうことかを調べてみた。

ジャニーズにおける「積む」とは、定価+手数料以上のお金を出してチケットを購入すること。手に入れなかったチケットを転売する時に使う用語。

 ようするに、お金をかけてチケットを手に入れることをさすわけだ。積むことは、正規ルートではなく、違反である。わたしは、定価+手数料勢の1人であるが、積んでまで自担を拝みたいという気持ちは分からなくはない。そもそも積む人はなぜ積むのか、そこを考えていきたい。

  • チケットが手に入らなかったから

落選してしまった、もしくは何らかの理由で申し込みできなかった。良席とまでは言わないが自担と同じ空間にいたい、動く自担が見たい場合に行き着く先ではないだろうか。

  • 積んでこその価値がそこにある

俗に言う、良席主義がこれに当たるのではないだろうか。積むからこそ見れる景色や近さ、そこでしか感じられないなにかがあるから積む。

とりあえず、2つだけ書き出してみたけど、分からなくもない。

しかし、同じ「入る」でもやはり「定価+手数料」の方がいい。何故か?法律で禁止されている事は元より、その収益がアーティストへと行くからだ。積んだらどこへ行くのか?その先は、勿論アーティストではない。積んだ相手へと行くのだ。見ず知らずの中学生か高校生か大学生か社会人かどんな人かも分からない人の日常生活の「足し」になってしまう。自分が働いた価値あるお金がそんなことに使われてしまうのは、やはり嫌だ。それがわたしの定価+手数料の根本的な理由かもしれない。

1番良いのは、こんな戦いが起きないように、公式で被ってしまった場合やチケットを手に入れたい場合などに応じたシステムができればこの上なく素晴らしいことであるが、これは夢のまた夢であろう。

いずれにせよ、そこへ入る自分が最大級に楽しめることが1番であり、それがわたしにとっては、「定価+手数料」で、見ず知らずの誰かにとっては、「積むこと」であるのではないかと思うわけだ。 結局は、自分が正しいと思う方を選んで楽しいジャニオタ生活を送れることがなにより幸いである。