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20141023 MYOJO 12月号 10000字インタビュー全文〜小瀧望〜

7人でデビューできる可能性はゼロじゃない

ーカウントダウンコンサートで、“グループ名はジャニーズWEST4 ”とデビュー報告をしていたとき、どんなこと考えてた?
「こんなこと言っていいんかわかんないけど……。心からは笑えなかったですね。正直。ああいう形では発表したくなかったです」

ーキツイこと聞くけど、メンバーからはずれた3人に対して、どう思った?

「4人でデビューってこと、ずっと言えなくて……。言えなかったっすね。それが、めちゃめちゃ重かったです。もう、あのときを越える苦しいこと、そうそうないと思うんですけど。3人とむっちゃ仲いいのに、でも言えない。やっと伝えられたのが、カウントダウンの数時間前で……。3人にメールして。3人からは、“教えてくれてありがとう”って返信が来たけど、でも本心で言ってるとは思えなくて。あんときほどツラかったこと、今まで生きてきた中でなかったんで……。悲しいとか、ツライとかじゃなくて、ホンマに痛かったんです。心が。あんな気持ち、二度と味わいたくないですね」

ーツラかったね。
「ただ、この発表と同時にデビューしますってわけじゃなかったんで、僕ら4人としては、微かですけど希望もあったんです。“まだいけるかもしれない”。“7人でデビュー出来る可能性はゼロじゃない”って」

ホンマ、おまえんとこの家族おかしいわ

ーじゃあ、7人でグループを組むまでのことを過去から順に聞いてくね。

「はい」

ー小さいころって、どんなコだった?
「うーん、幼稚園とか。小学校とか。クラスの真ん中にいる感じだったかな。リーダーじゃないんですけど。人見知りもしなかったし、あんまり引っ込む感じじゃなくて。あと、人を笑わすのが好きでした」

ー正直、モテたでしょ?
「幼稚園のころとかは、バレンタインでチョコを2、30個もらってましたけど。でも、どうなんでしょうね!?幼稚園のころって、フツーに渡すじゃないですか。たぶん、モテてなかったと思いますけどね」

ーいやいやいや。それ十分モテてるでしょ(笑)。幼稚園のとき、サッカーを始めたのは?
背が高かったんで、“やってみーひんか”ってコーチに誘われて。テニスも習ったことがあって。姉ちゃんといっしょにスクールに通ってましたね」

ーお姉さんの小瀧くん溺愛ぶり、有名だよね。

7コ上なんですけど、ケータイに僕のこと“息子”って登録してますからね。僕には育ての母が、ふたりいるみたいな(笑)」

ー昔から仲がよかったの?

小さいころは、よくケンカしてましたよ。僕がグチグチ言ってたら、“弱い犬ほどよう吠えんねん”って言われたの、まだ覚えてます。その通りなのが悔しくて、履いてた靴下を脱いで投げつけましたね(笑)」

ーハハハハ。そんなお姉さんが、最近は弟離れに挑戦中だとか?

「それ、もうやめさせました。ちょっと前まで、ほっぺにチューとかしてくる勢いだったんで、“それはやりすぎやろ”って言ったんです。そしたら、ちょっと距離を取るようになって。僕が東京に行くことも多くなったんで、弟離れしようとしたらしいんです。でも、距離を置かれると調子が狂っちゃうんで、“それはちがうよ”って伝えたら、いつも通りに戻ってくれて」

ー両親とも仲いいよね?メンバーが、「小瀧家の家族愛はハンパない」って言ってたよ。

「仲よすぎて、“ホンマ、おまえんとこの家族おかしいわ”って言われること多いっすね。今も月2くらいは家族全員で外食に行って、そのあとカラオケで『ええじゃないか』をみんなで歌ったりするし(笑)。映画とかも、お母さんとふたりで行ったりするんですよ。“おもしろそうなのやってるから。行こっか”って、僕が誘って」

ー反抗期ってなかったの?

「ないんですよ。ホンマに家族が大好きで、口が裂けても"ババア!”とか言えないですね。“うるせー!”とかも。あ、今まで1、2回は言ったかな。でも、すぐ反省して、“ごめんなさい”って謝って」

ー家族愛の源って。何なの?

「なんかねえ、思うんです。お母さんがお母さんでよかったな。親父が親父でよかったな。姉ちゃんが姉ちゃんでよかったなって。大好きなんで。僕、小3のとき、いっしょに住んでたおばあちゃんが亡くなってるんです。それで余計に家族愛が強くなったってとこあるかもしれないですけど。なんか、おばあちゃん、やさしかったんです。僕、おばあちゃんっ子で。大好きでしたし、今も大好きで。靴を履かせてあげたり、車椅子を押してあげたりしてたんです。でも、なんか、もっとしてあげられたことがあったんじゃないかなって」
ーそうだったんだ。

「だから、今後、やってみたいことなんですけど、お年寄りのいる施設をまわって歌を歌いたいんですよね。もしメンバー全員の意見が一致しなかったら、僕ひとりでも行くんですけど(笑)。おばあちゃんに恩返しじゃないですけど、もっと笑ってもらいたかったんで。せめて、そのぶんをじゃないですけど、みんなにやさしくっていうか。そういうのしてみたいです」 

おまえは、いっしょにいたらラクやわ

ーじゃあ、小さいころの夢って何だった?

「サッカー選手か美容師ですね」

ー美容師?

「僕が得意なこと、好きなことがそろってるなって。人とコミュニケーション取るの好きだし、手先もある程度器用だし。小学校のときとか、先生の肩もみとかしてたんで、マッサージも得意だし(笑)。昔から誰かに何かしてあげるのが好きだったんですよね。だから美容師、ハマってるやんみたいな」

ージャニーズのオーディションを受けたのは小6だよね?芸能界に興味ってあったの?

「ホンマは興味なかったんですよね。お母さんに“ジャニーズどう?”って聞かれても、“絶対、イヤ!”って言ってたぐらいで(笑)」

ーそれなのに?

「たまたま、「ミュージックステーション」に出てる山田(涼介)くんを見たんです。スゲーなって。こういう人になりたいなって、その瞬間に思って。その日から、サッカーやってて帰りが遅かったんで、山田くんが出てるバレーボールの中継とかも録画して見てて。あこがれましたね。山田くんがいなかったら、ジャニーズに入ろうって思ってなかったと思います。で、“僕もやってみたい”って、履歴書を送ってもらって。3月とかに送ったのかな。6年生になった7月に社長から電話がきて」

ーオーディションはどうだった?

「僕が受けたオーデイションは、KAT‐TUNのバックを選ぶオーディションで。いつもは百人単位で受けるのに、書類の段階でかなりしぼったらしくて、20人くらいだったんですね。会場が京セラドームだったんですけど。なんかスゲー気まずかったです。慣れない場所で、全員初対面で、独特な雰囲気で。会場に関西Jr.も大勢いて。(桐山)照史くん、(中間)淳太くん、B.A.D.のふたりもおって。“あ、「ごくせん」だ!”って。で、しげ(重岡大毅)が座ってて。もうキラキラしてて、“すっげージャニーズっぽい人だな。これがアイドルなんや”って、そんときだけは、スゲーと思って」

ー“そんときだけ”って(笑)。期間限定なんだ。

「今じゃ、ただの変なヤツですから(笑)」

ーハハハハハ。オーディションは受かると思った?

「何も考えてなかったです。受かるとか落ちるとか。全然、わかってなかったですね。でも、なんか終わったら、サングラスかけたおっちゃんに、連絡先を聞かれて。“ユー、名前なんていうの?”って聞かれたんで答えたら、“ユーが小瀧望なんだね”って。もう、“あんた誰やねん”って思って」

ーそれが……。

「社長でした(笑)。で、7月30日、ちょうど僕の誕生日に家族でごはん食べてるときに電話がかかってきて。“明日から東京に来てください”って。次の日から東京で、(Hey!Say!)JUMPの「SUMMARY」や少年隊の「PLAYZONE」を見学させてもらって」

ーいきなり別世界な感じ?

「はい。「SUMMARY」で山田くんも見られたし、「PLAYZONE」の客席でパッと後ろを見たら中居(正広)くんが座ってたりしてましたからね。緊張しすぎて、自分の状況が理解できなかったですね」

ー(藤井)流星くんや、神山(智洋)くんの第一印象は、どうだった?

「流星と神ちゃんが、「少年たち」のパンフレット撮影をしてるときに初めて会ったんです。流星の最初の印象は“ホンマに意地悪そうな人やな~”(笑)。神ちゃんは、なんか雰囲気があって俳優みたいやなって」

ー入所直後にもかかわらず、Hey!Say!7WESTの一員に大抜擢されてるよね。

「はい」

ー経験ゼロでグループに入るって、大変じゃなかった?

「最初はやっぱり、コンプレックスっていうか、早く追いつかなきゃってのはありました。だから必死で」

ーやっかみとかもあったんじゃない?

「ま、あったんじゃないですかねえ。何年もバックをやって、そこから上がってくのがフツーなんで。なのにパッと入ったヤツが、いきなりマイクを持って。正直、キツイ視線で見てくる人もいましたけど、気になんなかったっすねえ。家族は気にしてましたけど」

ー家族が?

「親や姉ちゃん、心配性で。ネットとかすごく見たらしいんです。Hey!Say!7WESTに入った直後は、“なんであいつが!”的なネガティブなことが、けっこう書かれてたらしくて」

ーそうだったんだ。でも、本人が気にしなかったのは、なぜなの?

「なんでなんですかねえ?そんなときでも、やさしくしてくれた先輩もいたからかな」

ーたとえば、誰?

「流星とか。僕が小6だったんで、流星は中3やったと思うんですけど、よく遊びに誘ってくれましたね。“何してんの?”って電話してくれて。そういうのは流星だけやったかな」

ーそうだったんだ。

「あ、でも、僕まだ少しサッカーもやってたんで、後輩の練習を見に行ったりしてたんです。流星からの誘い、“今、サッカー見に来てるんでムリです”って断りましたからね。しかも2回連続で(笑)。たぶん、あの人は覚えてないと思うんですけど。それでも、誘い続けてくれて。意地悪じゃなかったんだ。やさしいなって」

ー今では、色ちがいのジーパンを買うくらい仲がいいしね。

「流星が買ったヤツがかわいくて、色ちがい買っちゃいましたね。流星が青系で、俺が濃いグレー系で。でも、なんやろうなあ。いつからめっちゃ仲よくなったかってのは、覚えてないんすよ」

ーそうなんだ。

「だけど、流星に昔、“おまえは、地元のツレみたいな存在やから。いっしょにいたらラクやわ”って言われて。それがなんかうれしくて、今でも覚えてて。こういうこと言うのテレくさいですけどね」

ーほかにも、よくしてくれた人っていた?

「(中山)優馬もやさしくしてくれて。僕が入ったときから、関西Jr.の中でも別格って印象だったんですけど、すごく、やさしくしてくれたんです。昔から、流星と優馬とは特に仲よくて、よく誘ってもらって3人で遊んでたんです。今も3人でメシ食べたりしますね」 

“もお~”って言われんの好きなんかなあ

ーJr.の活動自体は順調だった?

「うーん、どうだろう。最初、やっぱり自分を出せるまで、少し時間がかかりましたけどね。心を閉ざしてたわけじゃなかったんですけど、やっぱ出せなかったんでしょうね。子どもやし。なんか、殻にこもってたんですかね。知らない間に」

ーその殻を破ってくれたのは?

「ラジオや雑誌の対談とかが、いいきっかけだったと思います。少しずつ、いろんな人と打ち解けて、殻が破れていって。メンバーといることも楽しくなって。最初は緊張ばっかりでしたけど、徐々に徐々にですね。でも、いちばんはファンの存在ていうか、コンサートですね。自分たちの冠コンを計3回したのかな。2回目くらいで完全に殻を破れました。大好きな人といるときは、やっぱり素でいたいなって」

ーじゃあ、意図的にキャラを作ったり変えたりしてたわけじゃないんだ。

「そうですね。素を出せるようになっていった感じです。だって、好き好んで2.5枚目を演じないでしょ。まあ最近は2.75枚目くらいにいっちゃってますけど(笑)。僕、キャラを作るのイヤなんで。大っ嫌いなんです」

ー二枚目路線のほうが、人気が出るかもって思わなかった?

「もしも素の2.5枚目が嫌われるなら、それはしかたないやと思ってて。メンバーも、ファンの人たちも、これからずっといっしょにいるんで、素でいたほうが、いいじゃないですか。ナチュラルに生きたいんで」
ーそうだね。

「それに、“2.5枚目”ってキャッチコピー、ファンの人につけてもらったんです。すっごい気に入ってて。ファンレターに書いてあったんですよね。“人類初の2.5枚目”って。そう見えてるんだ、うれしいなって」

ーじゃあ、恋愛マスターって呼ばれるのは?

「“なんで俺が、そう呼ばれてんやろ!?”って感じですけど、まっいっかって(笑)。ホンマに濵ちゃん(濵田崇裕)によく言われますけど、僕、子どもな部分はホンマに子どもなんで。知ってる人にとっては、見た目とのギャップが激しいと思う」

ー寝ている関西Jr.のコの耳に息を吹きかけたりするんでしょ?

「やるやる。楽しいんですよね。ウザがらみすんのが。スネた顔で、“もお~”って言われんのが好きなんかなあ(笑)。なんか、楽しいんですよ」

ー完全に子どもだね(笑)。じゃあ、最近したウザがらみは?
「東京で舞台があると、ホテル生活になったりするんですけど、エレベーターフロアーで神ちゃんに会って、神ちゃんは部屋に戻るとこだったのに、“ちょいちょいちょいちょい”って呼んで、クリーニング出しに行くの、無理やりいっしょに来てもらったり(笑)。濵ちゃんの部屋には、ほぼ毎日行ってましたね。特に目的はないんですけど、ひたすら、おしゃべりしたり、芝居の話をしたりして。濵ちゃん、ギターをずっと弾いてるんで、僕が歌って…みたいな。あと、いっしょに筋トレしたりしました」

ーメンバーのこと、大好きなんだね。
「はい。ウザいくらい(笑)」

“絶対デビューしよう”。4人で誓った約束

ーJr.時代、やめたいって思ったことなかった?

「あります、あります。ありますよ、そりゃあ。それこそ、高校1年とかのころとか」
ー何があったの?

「うまく伝えられるかわからないんですけど、もっと違う道もあるんじゃないかって悩んで」
ー誰かに相談したりした?
「そういうことを話せる人は、あんまりいなかったんですね。がんばってるメンバーに言うことじゃないと思ったし、家族にも言ったら悲しむだろうなって思ったし。悲しませたくないってのがあったんで。だから、自分の胸に秘めてました」

ー高1の時って言ったけど、それって7WESTが6人から4人になったことと関係ある?
「う~ん…あるかな。最初、Hey!Say!7WESTで優馬と一緒にやってたとき、このグループでデビューできるかもしれないって話があったんですね。あったんですけど、優馬はNYC boysで活動することになって、その話はなくなって」

ー2009年のことだよね?
「はい。それから、6人でデビューを目指してたんですけど、僕が高1のとき、ふたりが抜けることになって。やめる前に相談も受けたんですけど、僕は止めなかったんです」

ーなぜ?

「僕自身、将来のこと不安だったし、悩んだ…。俺、人の人生を、人の決断を変える権利ないなって。がんばっても、デビューできるがどうかはわかんない。もし、デビューできなくて、“あのときやめとけばよかった”ってなったら……。自分の人生なんで、自分の好きに生きたほうがいいと思うんです。だから、もちろんさびしかったけど、俺は止めることはできなくて。それは、すごく、もしかしたら冷たいことなのかもしれないけど……。でも今、ふたり、楽しくすごしてるだろうから。だから、さびしかったけど、引き止めなかったんです」

ーそして、7WESTは小瀧くん、重岡くん、流星くん、神山くんの4人での活動となった。
「絆は強くなりましたね。4人で、“ふたりのためにも、俺らは絶対デビューしよう”って約束して。デビューできなかったら、ふたりも後ろめたい気持ちになっちゃうでしょ?」

ーそうだね。ただ、関西Jr.からは、2004年に関ジャニ∞がデビューして以降、グループはデビューしてない。正直、デビューは難しいかもって思わなかった?

「簡単じゃないやろとは思いましたね。でもね、僕、ウォルト・ディズニ―の好きな言葉があるんです。“If you can dream it ,you can do it.”。“それを夢見ることができるなら、あなたはそれを実現できる。”その通りだと思うんです。想像できたら、強くイメージできたら、それは実現可能なことだと思うんです。僕は、ドームで歌ってるとこ、よく想像してました。いっぱいのお客さんの前で、大歓声に包まれて歌ってる姿を。ドームで歌うってことは、デビューするってことじゃないですか。想像すること、強くイメージすることって大事ですよ」
ーなるほど。

「当然、夢を叶えるためには努力しなければいけない。だから僕、退路を断ったというか、自分の中でリミットを決めて」

ーリミット?

「高校卒業までにデビューできなければ、やめようって決めたんです」

ーそれ、追い込み過ぎじゃない?
「でも、続けてると、自分が立たされてる状況が、ある程度見えてくるんですよ。もしデビューできるなら、ここ1、2年が勝負だなって思ったんです。もし、俺以外の人たちで関西Jr.からデビューするグループがあったら、やめようとも思ってましたし。B.A.D.のふたりや、濵ちゃんもいる。そこ誰かを加えたグループがもしデビューしたとき、そこに俺が入ってないなら…。そしたら、次はなにわ皇子やKin Kanの番なんで。そこに僕は入らない。チャンスは何回もこない。あって、あと1回。だから、高校を卒業するまでにデビューできなかったらやめようって」

4人じゃないー。7人だったから

ーそして昨年、いよいよデビューの話が浮上したよね。
「そうですね。去年の9月、事務所やレコード会社の人と話をさせていただいて。そのときは、7人でって話だったんです。だから、“ついにきたか!”って。でも、そっから進展がないまま、時間だけが過ぎて」

ーショックだったんじゃない?
「よくあることなんでしょうけど、僕にとっては、2度目の挫折なんで。“なくなった。またや”って……」

ーそうだね。
「そしたら、12月に4人が東京に呼ばれて。7人の代表として呼ばれたと思ったんです。でも、話を聞いていくと、どうやらちがくて。“4人でいく”って伝えられて。4人のほうが売り方的に有利だからって。その通りかもしれないんですけど、僕らはすごく戸惑っちゃって」

ーそして、カウントダウンコンサートを迎えたんだ。

「はい。カウントダウンもキツかったですけど、年明け4日からの明けおめコンも、キツくて。そのときのリハーサルの雰囲気も……。来てくださった方に失礼なんですけど、今までのコンサートの中で、いちばん楽しくなかったですね。おもしろくなかったです。7人ともそうだったと思うんですけど。流星とやった「Run From You」も、いつもとどっか違っただろうし」

ー3人とは、何か話せた?

「しゃべれなかったですね。今まで1回も、そんなことなかったのに。言葉が出てこないんです。何をしゃべっていいのかもわかんなくて。いつもみたいにからまれへんし。ムリでしたね。流星たちも、何話していいかわからなかったと思います」
ーやりきれなかったね。
「でも、僕より流星のほうが全然強くて。メールをもらったんです。“気にしなくていいから”って」

ーでも、7人でデビューすること、あきらめなかったよね。

「特にしげは、ずっと“7人がいいです”って言い続けてて。たぶん、あのころ僕、誰よりもしげと話し合ってて。“もともと僕たちは7人やから、絶対7人でいこう”“そうやな。”って。しげが振りつけ師に“7人がいいです”ってひとりで言いに行ったんです。そのあと、僕が呼ばれて。“お前はどっちがいいんだ?”って聞かれて」

ー何て答えたの?
「“7人です”って。照史くんも、淳太くんも動いてたと思います。それから、少しずつ少しずつ風向きが変わったんですよね」

ーそうだったんだ。

「まず、ジャニーズWEST4の“4”が取れたのがデカかったです。ふぉ~ゆ~と、かぶっちゃうって話になって、まず4が取れて。最後は社長に“責任は自分たちで取りなさい”って言われて」

ーもしも話がこじれてデビュー自体がなくなったらって怖さはなかった?リミットも決めてたし、1回あるかないかのチャンスだったんだよね?

「たしかに、そうだったかもしれないですね」

ーそれでも、7人にこだわったのは?

「7人、それぞれ個性がある。だから7人のほうがそれぞれのいいとこを、より多く出せるんじゃなかって思ったから。……って、なんか、それっぽい理由も考えたんですけど、本音はもっと単純で。好きなんですよ。メンバーが(笑)」

ー最後はメンバー愛なんだ。

「さっきディズ二―の名言が好きだって言いましたよね」

ーうん。「夢を見ることができるならー」ってヤツね。

「そう、いつからだろう。僕が思い描くドームで歌ってる姿って、1人じゃない。4人でもないー。7人だったから」

7色だから描ける未来がある
ーそして本当に、7人でのデビューが正式にかなった。

「関西Jr.のメンバーや、家族、ファンの方、いろんな人が祝ってくれて、本当にうれしかったですね。今度は、心から笑えました。幼稚園から中学までいっしょだった地元の仲いいコが、中学時代の同級生、学年2クラスだったんで、5、60人なんですけど、全員から俺あてにお祝いのメッセージをもらってきてくれて。それだけじゃなくて、幼稚園、小学校、中学の先生からの手紙とかも、アルバムにまとめて持って来てくれたんです」

ーそれ、うれしいね。ほかにも、印象に残ったお祝いの言葉ってある?

「山田くんと話す機会があったんです。“よかったね、7人になって”って言われましたね。うれしかったです」

ーじゃあ、これから7人で、どんなグループになっていきたい?

「うーん、何だろう。“誰々が好き”っていうより、“グループが好き”って言われるようになりたいんですね。“みんな好きやから、選ばれへん”って(笑)。たとえば、僕を“7”好きでいてくれるより、7人を“1”ずつ好きでいてくれるほうがうれしいです。グループとして愛されてるほうが、嬉しいじゃないですか。みんな好きって、言ってくれるほうが。僕が好きなメンバーを、みんなも好きになってくれたら、そんな幸せなことないなって」

ー具体的に、これからやりたいことってある?

「まずはやっぱりライブを、いっぱいしたいですね。ライブしてるときがいちばん楽しいんで。アオリ曲とか、会場の全員で騒ぐ感じ、僕いちばん好きで。だから今は、めちゃくちゃ全国ツアーをしたいです」

ジャニーズWESTのライブは、MCもおもしろいよね。

「みんな、おもしろい!濵ちゃんとか独特やし、神ちゃんも変わってるし、流星は傍観者やし(笑)。まあ、淳太くんが大変そうですけどね。ボケが6人なのに、ツッコミはひとりなんで。やっぱねえ、長い人で10年以上のつき合いがある。“ここは絶対にツッコんでくれる”って信頼感があるんで、みんな安心して好きなこと言えるんです。友だちがコンサートに来てくれて、“芸人よりおもろいな”って言ってくれたんですけど、ホンマうれしくて」

ー7人だから成立する間であり、空気ってあるよね。

「ホント、いろんなキャラがいて、7人でよかったなって思いますね。あの時、“7人がいいです”って言ってよかったなってホンマ思います。言ってなかったら、一生後悔してたから」

ー“7”でよかったね。

「常に思います。つくづく思います!だって歌番組に出たときとか、放送を見たら、僕も知らないところでメンバーがボケたりするんですよ(笑)。7人でよかったなって。トーク中も思います。いろんなキャラがいておもしろいなって」

ーそうだね。

「デビューしたとき、友だちからもらったアルバムの最後に、英語で“すべての色には役割がある”って書かれてて。“かっこええ~。ホンマそうやな!”って思ってて。いろんな色があって、その色がほかの色と並んだり、混ざったりして、引き立ったり、キレイに輝いたりするわけで。僕ら7人にも、それぞれの役割があるんです。7色だから描ける未来があるんです」

ーいい言葉だね。ちなみに英文では何て書いてあったの?

「えっと……。それはちょっと忘れました(笑)」

 

夢をかなえるのは苦しい。

だけど、かなった瞬間がいちばん苦しかった。

心が「ホンマに痛かった」のは、想像してた夢とちがったから。

「ひとり」でも「4人」でもない「7人」で叶えたかった夢。

「ウザいくらい」大好きなメンバーだからきっと「描ける未来がある」と信じている。